November 17, 2025

EU税関同盟改革が日本EC事業者に突きつける「二つの顔」

近年、欧州の越境EC市場は、中国系巨大プラットフォームである Shein や Temu の驚異的な成長によって一変しました。彼らは、EUの「少額貨物免税措置」(150ユーロ以下の輸入商品に対する関税免除)を最大限に活用し、欧州全土に低価格の商品を大量に供給してきました。

しかし、2025年11月13日、事態は大きく動きました。EU財務相理事会が**「EU税関同盟改革案」**の核心条項を正式に承認。これは、1968年の税関同盟発足以来、最も包括的な制度変更であり、特に「150ユーロ以下の免税枠撤廃」を柱としています。

の大改革は、高品質な商品や独自性のあるニッチな商材を扱う日本のEC事業者にとって、単なる「コスト増」の話では済みません。それは、長年求められてきた競争環境の是正という**「チャンス」と、新たなコンプライアンスの波という「試練」**という、二つの顔を持っています。

 

1. アンフェアな競争環境の終焉

今回の改革の最大の動機は、年間数十億ユーロに上る税収損失と、欧州域内の零細・中小企業に対する不公平な競争でした。
中国からの小口輸入貨物は年間約46億件に達し、その大半が免税枠と申告価格の過小評価によって、関税・VAT(付加価値税)を逃れてきました。これは、真面目に税金を納めている日本の事業者や欧州現地の小売業者にとって、極めて不利な状況でした。
 
日本事業者の視点: 日本から輸出される商品、特にアニメグッズ、高品質な雑貨、特定の精密部品などは、元々150ユーロを超える単価のものが少なくありません。また、たとえ少額であっても、日本企業は厳格なコンプライアンス(法令遵守)の下で取引を行っており、低価格を武器にした不正な競争相手の存在は長年の懸念事項でした。
この免税枠の撤廃は、長期的には「日本の品質」が価格競争に巻き込まれにくくなるという点では、大きな追い風となります。
 

2. コスト増加とコンプライアンスの新たな壁

改革は競争環境を是正する一方で、全ての越境EC事業者に新たなコストと手間をもたらします。

1. 完全なる課税化

全ての輸入品が課税対象となるため、これまで免税枠をギリギリで利用していた日本の低単価商材(例:文房具、アクセサリーの一部、廉価なアパレル)も、今後は関税・VATの対象となります。

  • 五段階の簡素化税率: 0%、5%、8%、12%、17%が導入されます。これまで一般貿易税率が高かった品目(例:日本の革製品やカバンなど)は、12%などの税率が適用される見込みです。
  • 物流コストの増加: 新たに導入される**「荷物処理手数料」(直郵の場合、1件あたり2ユーロ**)は、特に単価が低い商品にとって無視できない負担となります。

2. ECプラットフォーム責任の明確化

新制度では、ECプラットフォームが**「みなし輸入者」**とされ、取引時に税金の代行徴収・納付義務を負います。日本事業者の対応: 自社ECサイト(DTC)で販売する日本の事業者は、自身でEUの各加盟国でVAT登録を行い、徴税・申告・納付をしなければならない可能性が高まります。この煩雑な手続きは、特にリソースが限られた中小企業にとっては大きな**「コンプライアンスコスト」**となります。

 

3. 生き残りの戦略とローカライゼーションの重要性

今回の改革は、日本の越境EC事業者に対し、ビジネスモデルの根本的な見直しを迫ります。

1. 海外倉庫(フルフィルメント)の活用

最も重要な戦略転換は、**「欧州現地倉庫(海外倉庫)の活用」**です。

  • コスト削減: 現地倉庫からの発送(域内出荷)であれば、荷物処理手数料は2ユーロから0.5ユーロに大幅に軽減されます。
  • 手続き簡素化: 現地在庫を持つことで、輸入申告や税関手続きが簡素化され、より迅速な配送(現在の3~5日に対し、現地発なら1~2日)が可能となります。

2. 品質とブランド価値の最大化

価格競争の是正は、**「日本の品質と信頼性」**を再び前面に押し出すチャンスです。

  • これまで価格差で埋もれていた**商品の本質的な価値(耐久性、デザイン、安全性)**が、消費者に正当に評価されるようになります。
  • **「信頼できる事業者(Trusted Trader)」**の認証を受けることで、将来的に税関検査頻度が80%削減される優遇措置も導入されるため、コンプライアンスの徹底が将来的な利益につながります。

 

結論:規制強化は「淘汰」と「進化」を促す

EU税関改革は、確かにすべての越境EC事業者にとっての**「痛みを伴う変化」です。しかし、視点を変えれば、これは「不正な競争相手の淘汰」であり、「日本の高品質な商品が正当な市場価格で評価されるための進化の機会」**でもあります。
今後、日本の事業者は、単なる商品の輸出者ではなく、EU域内での**「ローカライズされた流通網を持つ責任あるサプライヤー」**としての役割を求められます。欧州の新しい税制と規制を迅速に理解し、海外倉庫や現地パートナーとの連携を強化することが、新時代の欧州市場で生き残るための鍵となるでしょう。